カレーたまごの日記

小説やノベル、文芸について書きます。

会長死去に伴う保険金九千万円が振り込まれた。ささやかな冥土のみやげになったのかどうか。

 

あの嫌みな学歴をひけらかしていた会長が死んだ。私が新入社員の頃、副社長だったあの男が昼飯に誘ってくれた。


「君ねぇー、僕がねぇー、東大卒業の時に車かゴルフ会員権のどっちか選べって親父に言われたんだよ。東大はさぁ、国立大学だったから学費を節約できた、その分をプレゼントしてくれるって言うんだよ。私立出の君ならどっちを選ぶ?普通は車だよなぁ。そうだろう。僕はねぇー、ゴルフ会員権って即答したんだよ。あれから三十年たった。車だったらとっくに廃車で跡形もない。ところが僕のゴルフ会員権は今や九千万円なんだよ。わぁっはぁっはぁー」

 高笑する井崎シュウゴロウ(競馬評論家)似の当時副社長だったあの御仁。


 当然ながら私は不愉快であった。面前の絶頂男の軽さに不安なものを感じた。普通ならば新入社員に対して自社の社会的貢献性を語るなり、自社への会社貢献を促す何かその一助たる自分の経験や体験のようなもので励ますなり、新人社員が自らを啓発できるような語りかけがあって然るべき、であった。新人に対して優越感をひけらかし本業による営業利益の追求ではなくまさに社員らが汗水垂らして稼いだ利益を社員に還元せずに不当に不分配で溜め込んだ内部留保という名のネコババで不労に稼ぐことを正当化するような話だった。

 

しかしながら私の予想馬は外れないんだよって、外れてるじゃんって言い返せずに。本業での営業利益よりも不動産や株の投資を会社の内部留保の使い道にすることの言い訳な実話だったのだけれど。話を聞いたそのときは不愉快だったけど。

 

どんなに小さい会社でもそこのオーナーを自認する連中は多分社員を自分の所有物くらいにしか思えないのだろう。人件費が一番経費でネックなのだから。従業員給与と役員報酬が別勘定なのは会計では当たり前だけど支配被支配の明確な財務上の区別が明示されているのだけれど・・・・。

 

 私の不安は期せずして的中した。売上げは半減し先代会長が死んでしばらくもせずにバブルの喧噪は終焉し、会長は冥土のみやげとして会社に多額の負債を負わせた。

あのゴルフ会員権なる不良債権であった。

 

桜が満開になる頃、会社の当座預金口座に保険会社から会長死去に伴う保険金九千万円が振り込まれた。ささやかな冥土のみやげになったのかどうか。

                         ノベル「晶子宴前」より抜粋。