「おい。達成!早う乗れぇ。気持ちええどぉ!おりゃぁ〜」
自転車ごと疾走する志田川の勇姿に若干のメランコリックを味わう達成である。
我が孤独な無為の東京生活。所詮は浪人生・・。人生のレールから逸脱して全く見通しも不明瞭・不安だらけ。目指せ「転籍、通学過程」だけである。
波田も根部も東京生活をエンジョイしまくる。達成はショックだった。田舎の高校の後輩を波田はOBである立場以上の音楽指導を通じて・・職権乱用どころじゃない。
横暴じゃ。ぶち横暴なんじゃ。あの胸キュンの生田愛美ちゃんを・・バコバコにしたゆーて・・あんな清純な可愛い後輩を・・ヒーヒーいわしたゆーて・・。
しかも合宿中に・・誇らしげに武勇伝・・うぅ。
達成は飛び乗った。志田川の漕ぐ自転車の荷台である。憤然と肩を借りる。棒状旗奪いじゃろ。旗奪うんじゃ。波田の旗..畑?
でも波田さんはどんなセックスしたんじゃろ?
生田もどんな喘ぎ声じゃったん?
思っただけで・・興奮してきた。あぁ・・。
「ちょっと君たち〜」
夜陰から追っ手である。朗らかな声である。笑いを堪えたような感に堪えぬような明朗さ。
達成は振り向く・・。自転車も止まる。
志田川は甘かった。話せば分かる。僕たちはただ・・この自転車を少し借りただけです。元の場所に戻すつもりでした。だから・・。
「ちょっとその自転車調べるから・・」
達成はその手順を熟知していた。新宿の夜、もう何十回も経験していた儀式の流れである。
まずサドルの下のシールをチェックする。車体番号・・。その時、運転者は防犯登録書を提示する。今の達成なら警官に言われる前に無言で財布の中に小さく折りたたんだカーボン用紙を広げて差し出すのだが・・。志田川はその免罪符を持っているわけがなかった・・。
「その自転車・・君のじゃないよね?」
「あぁあの。すかいらーくに行こうとしたんです。それで・・」
「だめだよ。他人の自転車勝手に盗んじゃぁ〜」
「違います。ちょっと拝借しただけです」
「それねぇドロボーなんだよ。ちょっといい?交番まで来てよ」
颯爽たる高木巡査である。この自転車は高木の買ったばかりの自転車であった。防犯登録は恋人の明美の名義である。交番が暇になる夜中に罠を仕掛ける。ゲーム・・。
予め明美に盗難届を出させて・・ピカピカの自転車をまるで盗まれ乗り捨てられたかの如く哀愁を込めて。
今夜もライトでポップなゲームだった・・。
高木巡査のリベンジゲームだった。最愛の明美が乗り捨てられたのだ。ハードな乱暴である。悲惨な襲撃である。明美も警官である。交通課勤務である。制服が似合う。清純なポリスである。愚連隊に集団いたずらである。その憂さ晴らし。乗り捨て野郎を私的に制裁する。明美は自殺未遂を図った。義憤どころではない。たかが自転車・・たかが娘ではない。警察官を凌辱するなんて・・国家を侮辱するに等しい。
目の前で怯える米国コメディアンに似た学生が面白くてしょうがない。黒縁メガネ・・その隣りは後輩みたいだけど・・。
「ねぇ学生でしょ?学生証出してよ」