カレーたまごの日記

小説やノベル、文芸について書きます。

2025年晦日

さて2025終わって2026へ。一年振り返っても詮方ないわけではない。周作はnoteに3本アップした。短編だ。最近は虚構性よりも現実性に寄り添っている。しかも私文情感をベースに。西村賢太がいなくなり憐憫無頼な私小説家がもういない。日記を小説にする作家がいなくなった。これからもタレントやお笑い芸人やらもともと名が売れ売文環境が整備された何が書かれたかではなく誰が書いたかのマーケティングが相乗効果を狙える。文芸出版の精髄も真髄もかなぐり捨てたとにかく売るための会計の奴隷商人がこれからも幅を利かす。

でも時代は変わる。かのイーロンさんの話ではもうスマホも消えて出版社もテレビ局も消えてネット空間の一部に人間も組み込まれたニューな時代がやって来るそうだ。衛星電話が席巻する予感もある。あらゆる分野でメディア革命が同時多発に世界規模で起きる。もうユーチューブで稼ぐ伝聞語りの連中も消えてなくなるのだろう。AIが親友の賑やかな人生が罷り通る。選好スパイラルで視野狭窄となったデジタル頭でっかちもう論争も論破もいらない。そんな無駄なことに関わることもなくなる。脳内直結のネットデジタルが現前し自前となって僕たちは新たなステージに越境できる。積極的に戦争に備えたまるで戦前の大政翼賛会のような財政論を総理は言う。どこまでがどこまでもが。でもなぁ。歴史は繰り返すけど同じじゃぁないよね。歴史的なパーセプションギャップの穴埋めは誰もできない。でもはっきり言えることはデマゴーグを放置してはいけない。素人玄人の区別で批判力を低下させてもいけない。新聞テレビが仕事をしない。ネットメディアはやってるの。でもいつ偶発が起きても進次郎大臣なら大丈夫かな。高市早苗総理も大丈夫かな。軍事的脅威のあとのシナリオはあるのかな。軍拡ビジネスのスキームは誰が回しているのかな。